FIKA.Blog

#003「ハッカーと妄想女子」

逃げたおじさん / 花崎探偵事務所(大阪)

信一おじさんのトラックに乗せられて、探偵事務所に向かうことになった。

河川敷に面した通りをしばらく走り、古い物件をリノベーションしたような小さな白い建物に行き着いた。
母の趣味なのか、内部のインテリアも白で統一され、来客スペースには座り心地の良さそうなソファがあった。

「何年か働いてる男の子おるみたいやし、まあ、わからんことあったら聞いたらええわ。」

「あのー。」
後ろから声がしたので振り返ると、チェックのシャツにメガネの男の子が入り口の所に立っていた。

「あれ?確か告別式の時…。」

母の葬儀の時、挨拶した覚えのある男の子だった。

「ハイ。僕、山咲純平っていいます。業務はハッキング専門っす。
史子社長にはお世話になってました。」

薫に向かって軽く頭を下げると、パソコンが3台もある席に自分の荷物を置いた。
ハッキングというスキルは探偵業に役立ちそうだし、何だか頼りになりそうだ。ひとまずホッとした。

事務所には社長席と思われる奥のスペースと、他にも2席、使用した形跡のあるデスクがあった。

「他の人ももうすぐ来るやろか。」
「あー、辞めはりましたよ。」
「やめた?」

「『花崎さん』っていうおばさんとその息子さんが働いてたんすけど、家庭の事情で辞めることになったみたいで。今新しい人募集中やったんすよ。」
山咲が『従業員募集』と書かれたチラシを見せた。

「え?ちょっと待って、花崎さんって? おじちゃんの奥さんってこと?」

確か信一おじさんには奥さんと息子が1人いる。『花崎さん』ということは…。
薫が確認を取ろうと振り向くと、そこにいたはずの信一おじさんは忽然と姿を消していた。

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「おじちゃーーーん!」

信一おじさんは事務所の外の、歩道わきに止めてあったトラックに乗り込む所だった。
「薫ちゃん!ほなな、頑張ってな!わしら、今からハワイやねん。」
「ハワイ??」
「よろしゅうーーー!」
そう言い残すと、トラックはみるみる小さくなっていった。

告別式の時、おじさんが楽しそうに近況報告していたのを思い出した。
バブルがはじけた後に土地を少しずつ買い足し、最近になって家賃収入だけで暮らしていけるようになったこと、息子が自分の後を継ぐこと。

結局、必要がなくなった事務所を体良く押し付けられたということだった。

運命の出会い

「ハァ〜。」
コンビニエンスストアを出たまどかは大きなため息をついた。
寝起きのままのスウェットの上下。髪はボサボサ、ノーメイクの肌に太陽の光がしみる。

– これからどうしよっかな〜。

大学進学のため関東からこちらへ出てきて、卒業後は大阪の会社で派遣社員として働き始めた。
しかしつい先日、その会社を辞めることになったのだ。

セクハラ禿げおやじ、モラハラ嫌味上司、嬢王様気取りのお局、職場カースト制度、愚痴と批判の飲み会。
理想とかけ離れた職場環境に耐えきれなくなって、契約更新しないことに決めてしまった。

ポケットの中の携帯が鳴った。何と実家の母からだ。

「あ、もしもし?今…。会社に着いたとこだけど。うん、元気元気。」

そう言って顔を上げた瞬間、前から走ってくる自転車が目に飛び込んできた。

「きゃああっ!」

携帯が手からすっぽ抜けて、前にいた女の人の足元に転がった。

「ハイ。」

携帯を差し出した女性を見た瞬間、まどかは息を飲んだ。

美しく整った目鼻立ち、愛らしい唇に薔薇色の頬。
芸術品のようなパーツが、信じられないくらい小さな顔に収まっている。
白く滑らかな肌は内側から輝きを放っているようだった。

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– 綺麗…..!

「あ、ありがとうございます!」

女性は軽く微笑むと、くるりと背を向け、近くの建物に入っていった。
後には花のような残り香がふんわりと漂った。

電話口から、母が何か言っているのが聞こえた。
「あ、お母さん?私今、運命の人に会ったかも…!」

女性が入っていったガラス戸には『花崎探偵事務所』と書かれていた。

「探偵…?」

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