FIKA.Blog

#004「レイトショー(ラブストーリー)」

レイトショー / レトロビルディング(大阪)

会社を早めに出て新大阪行きの『のぞみ』に乗り込んだ。
土曜日の朝、海外のエグゼクティブを交えたパワーミーティングに参加することになっている。

出張ついでにこの前資料で見た『花崎探偵事務所』に行ってみようと思った。
『ハヤシ カオル』という名前がどうしても気になっていた。

鍵を閉めて、事務所を後にした。
月森まどかという女の子が新しく働くことになり、山咲と3人で浮気調査に取り掛かっていた。
SNSのアカウントを特定し、浮気相手とホテルに入るところをバッチリ撮影することができた。

帰り道の狭い路地を進んでいくと、突き当たりにミニシアターが見えてきた。
つい先日近くのマンションに引っ越した薫は、家と事務所のちょうど中間地点に、このミニシアターと雰囲気の良さそうなバーを見つけていた。
どちらも近いうちに行ってみるつもりだった。

川沿いの道をしばらく走ると、目印にしていた月極駐車場と神社、その横に小さな白い建物が見えてきた。

正面に車を停めガラス戸をのぞいてみたが、真っ暗で人の気配はない。『花崎探偵事務所』という文字の下に営業時間が書かれていた。

火曜日〜土曜日:9:00 – 18:00
日曜日・月曜日:休業

– 明日は営業してるのか。

所在なく辺りを見回した。通りの向こうを流れる川を覗くと、河川敷の遊歩道にポツンポツンとベンチが置かれていた。

– 花ちゃん、この近くに住んでるのかな。

駐車場の横にある狭い路地に入ってみた。この場所だけタイムスリップしたような古めかしい建物が並んでいる。
突き当たりにはレンガ造りの建物があり、『ラブストーリー特集』という立て看板が出ていた。
どうやらミニシアターがあるらしい。

映画はピュアな純愛ものだった。

薫自身の恋愛遍歴はほろ苦くて切ないものばかりだ。

中学の時口説いてきたイケメンの先輩は、複数の女の子と同時に付き合っていた。
高校に入ってすぐの頃、不良グループのリーダーに惚れられ、追いかけ回された。
憧れだった剣道部の先輩には、薫と真逆のタイプの可愛らしい彼女がいた。

大学生になっても社会人になっても薫の恋愛は相変わらずだ。

最近になって、恋愛も結婚も無理にしなくていいのかもしれない、と思うようになった。
1人で十分幸せだし、こうやってスクリーン上で別の人生を楽しむこともできる。

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蒼が場内に入って間も無く、スクリーンに花火が打ち上がった。

そこから何となく、小学生の頃クラスメイトと行った夏祭りを思い出した。

祖父が難しい病気を患い、芦屋にある母の実家に滞在した期間があった。知り合いが理事を務める関係で、大阪の小学校に通うことになった。
東京で生まれ、6歳から10歳まで北京で過ごした蒼は、日本での暮らしにまだ自信が持てなかった。それに大阪という土地は言葉も文化も独特のものがあった。

学校で一番最初に話しかけてくれたのが『ハナサキ カオル』という女の子で、みんなから『花ちゃん』と呼ばれ慕われていた。
キラキラした大きな瞳が印象的で、いつも柔らかそうな髪を二つに結んでいた。

花ちゃんは蒼にとって初恋の女の子だ。

夏祭りの日、クラスメイトの目を盗んで、花ちゃんを公園の高台へ連れ出した。
そこで「大人になったら結婚しよう」とプロポーズした。
花ちゃんは驚いていたけど、「ええよ」と答えてくれたのだ。

2人が座った高台のベンチからは視界いっぱいに花火が見えた。

蒼が席を立つと、ちょうど同じタイミングで反対側の席を立つ女性が目に入った。
ゆるいウェーブヘアを後ろで束ねている。

– 花ちゃん?

他の観客も次々席を離れ、女性は向こう側の扉から姿を消してしまった。
蒼は慌てて正面の出入り口に向かう。

混雑した狭い通路をやっとのことで抜け、ロビーにたどり着く。
館内をひととおり見渡した後、小さなエントランスから外に出て、元来た道に目を凝らした。でもそれらしい人物はもういなかった。

– 気のせいかな…。

左手には大通りと、通りを行き交うたくさんの人が見えた。
点滅していた青信号が赤に変わった。

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